大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3262号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、過失相殺

そこで、本件事故の態様につき検討するに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、歩車道の区別のある車道部分部分幅員14.55米の、南北に走る、通称明治通りといわれる車両交通量の激しい道路上であり、接触地点から北方約18.35米の地点には押ボタン式信号機の設けられた横断歩道があり、また、南方約83.4米の地点には横断歩道橋が設置されている。

そして、車道と歩道との間にはガードレールが設置されているが、本件現場の東側は東京都交通局戸山町バス営業所の車庫入口であるためガードレールが切れている。

ところで、本件現場付近は、道路両脇に水銀灯が設けられているため、比較的明るいところであるが、被害者訴外亡敬雄がいた地点は、水銀灯の中間に位置し、薄暗い状態であり、時速約一五粁の速度で加害車を再走行させ、人形を置いて見透し状況を見分したところでは、障害物の存在は約六〇米の地点から発見でき、約二二米の地点では人間であることが識別でき、さらに15.5米の地点では人体全部がはつきり確認できる程度であつた。

(二) 被告は、加害車を運転し、前記信号機も青信号であつたので、本件現場を時速約四五粁の速度で道路の左側中央よりの部分を南進していたところ、被害車との接触地点から約24.55米の地点で、進路前方に黒つぽい平べつたい、大きさ約0.7米位のもの(加害車の乗客高島勇の供述するところでは、布団をまるめて潰した様な黒いもの)を見つけたが、漫然と、それは先行車の落していつたシートか、上衣であろうと考え、その後はその形状等に注視を払うことなく、それを轢いて通ろうと、前記速度のまま直進した。ところが、その黒いものの上にかかつた時、加害車の右前後輪が固い物を轢いた様なショックがあつたので、被告は制動をかけ、被害者との接触地点から約17.8米の地点に停車し、後方を見て人間を轢過したことを知つた。その際、加害車は被害者を約5.2米ひきずつていた。

その当時、加害車の先行車は約三〇〇米前方を走行しており、後続車も加害車から約四〇米後方にあつて、進路変更は可能であつた(前記高島は、被告が制動をかけるか、ハンドルを切るかするものと判断していた。)。

(三) 被害者亡敬雄は、頭を南に、足を北にしてうつぶせに横臥していたところ、足の方から頭の方面へ加害車に轢過され、またその際ひきずられたため、多数の表皮剥脱、皮下出血を伴なう挫、裂創を負つたほか、右肩胛骨部に骨折を伴う擦過傷と小児前腕大の挫裂創、左手関節、撓骨、尺骨複雑骨折および頭蓋内出血、脳弓断裂を負い、脳弓断裂が死因となつた。しかし、同人には、右の他の骨折部はなく、内部臓器の損傷も脳だけであつた。

なお、被害者は、当時飲酒しており、同人の血液中のアルコール量は一ミリリットル中二ミリグラム以上(呼気一リットルについて一ミリグラム以上)であつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告らは、被害者亡敬雄は、道路を横断中加害車にはねとばされたうえ轢過された旨主張しているが、同人が横断中であつたことを認めることのできる証拠はなく、かえつて同人の受けた傷の状態からすると、同人は酒に酔つて、車道上に横臥していたと推認される。

右認定事実によると、被害者亡敬雄はわずか約一八米先に信号機の設けられた横断歩道があるのに、横断歩道でないところで横断を開始し、しかも車両交通量の激しい道路の車道中央に、酒に酔つて横臥していたというのであり、そのような同人の重大な過失行為が本件事故の一因となつていることは明らかである。しかし、一方、被告も、前方注視義務を怠つたため、進路前方にあつた障害物の発見が遅れ、また、十分回避措置を執り得る距離においてそれが人間であることを確認し得たはずであるのに、その形状に十分注視を払わず、シートないし上衣であろうと軽信し、しかも、それは布団をまるめて潰した程度の大きさであるというのであるから、乗客を乗せているタクシー運転手としてはそれとの接触を避けるべきであるのに(本件の場合、障害物が固い物であつたとしたら、被告自身や乗客が受傷する可能性を否定し得ないところである。)、何らの回避措置も執らないばかりか、それを轢いて通ろうとしたもので、本件事故発生の原因に関して、被告の過失行為が占める部分は、前記被害者亡敬雄の過失を考慮に入れても、極めて重大であるといわねばならない(仮りに、それが被告の考えたように、先行車の落したシート等であつたとしても、それが価値のないものであればともかく、そうであることの確認ができない以上、それに対してはできるだけ損傷を与えないようにすべき道義的責任が運転手には課されているはずである。)。

そうすると、加害車の所有者であり、加害車を自己のため運行の用に供していることを認めている被告は、右のとおりの過失が認められる以上、免責される余地はなく、自賠法三条により、被害者亡敬雄および原告らに生じた損害を賠償しなければならない。

二、被害者亡敬雄の逸失利益

<証拠>によれば、亡敬雄は、昭和九年一一月一五日生れで、同人の本籍地鹿児島県熊毛郡中種子町所在の中種子高校を卒業後、上京し、働くかたわら専修大学夜間部を卒業し、約一〇年前から株式会社前田製菓に勤め、事故当時は営業係五人の責任者として課長と同等の待遇を受け、同社から税込年額金五五万一〇〇〇円の給与等の支払を受け、それをもつて自己の生活を維持していたこと、同人の出勤状況は割合良い方であつたこと、また同人は通常人と変わりない健康を保持しており、事故時の職業生活を今後なお二八年間は続け得たことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、同人は未だ独身であつたが、酒が好きで、嫁を娶るぐらいなら、徳利と結婚すると話していた程であり、給料も前借しては飲んでしまうので、給料日には殆んど残つていない状態であつたこと、事故前日も会社の給料日であつたが、同人は前借のため支払われる給料がなかつたため、会社社長前田弘に借用方を申込み、六〇〇〇円を借り受けたこと、また同人は自己の住居を明らかにしないため、会社はもとより、同僚も同人の居住先を知らない有様であつたことが認められるところであるから、結局、亡敬雄は右稼働期間中、年間金五五万一〇〇〇円の収入を得るが、前記諸事情に鑑みると、同人はそのうち、少なくとも六〇%に当る金員を租税および自己の生活費として負担しているものといわねばならない。そうすると、同人の逸失利益は、次のとおり金三二八万三五四一円と算定される。

(小数点以下切捨て)

(なお、14.8981は、法定利率による複利年金現金表のライプニッッ式二四年の係数) (田中康久)

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